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小説  新昆類  (39-3) 【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

 末広町は全面的に改造されていた。よそよそしいスタイルとポーズの偽装され捏造さ
れた構造が表層に漂っている。その深層にあるのは空洞である。区画整理というデスワー
クの設計思想はまるで全体社会主義国家のなせる業でもあった。二十一世紀の故郷は、歴
史が消却された非人間のヒューマノドの街へと変貌している。車が道路を疾走するばかり
で死んだ街になっている。九十年代に区画整理して大変貌した末広町、そして人は誰も道
を歩いていない。歩いているのが泥荒のみだった。もはやここで街を歩く大人は異邦人と
認識されてしまうのかもしれなかった。人が街の道を歩くのは自然であり、そこに店があ
り消費経済が生成する。歩行は経済の原点だった。末広町は車の町となり、そして道には
誰もいなくなった……人間の顔が見えない故郷に変貌していた。都市以上のよそよそしい
冷たさがあった。温もりが消え淋しい孤独な光景は歴史が消却された舗装の装いにあった。



 泥荒は扇町の商店街から再び踏み切りを渡り、矢板駅東口から駅前添えにある南北に造
られた新しい大きな道路を南へと歩き始めた。歩行者のためのゾーンはあったが車両が往
来するための道路である。大人は誰も歩いていなかった。歩くものは車を私有していない
貧乏人の象徴としてここでは認知されるのだろう。道路を造る土建屋経済の成れの果てだ
と泥荒は区画整理され造成された末広町を歩きながら思った。左手西側に日本たばこ産業
株式会社の倉庫があった。矢板はたばこの葉の生産地でもあった。昔、増録にあった寛の
隠居屋敷の奥に住んでいたとき、寛はたばこの葉を乾かすため、泥荒の家族が住む部屋ま
でタバコの葉をつるした。天井はたばこの葉だらけとなり、その下で飯を食った。寛はた
ばこの他に椎茸も増録の山林で生産していた。そして趣味は鉄砲撃ちだった。山に入り猟
銃による獣狩りだった。日本たばこ産業の倉庫を過ぎると交差点があった。そこを左折す
ると泥荒が卒業した旧矢板高校がある。今の名称は矢板東高校である。その高校へ行く道
は造成された道路から行けるようになっている。全ての環境と風景が捏造されていた。日
本たばこ産業の近くにあり、ベニヤなどを加工していた秋田木材の大きな工場は閉鎖され
て消却されていた。その巨大な敷地には宅地造成され東京郊外の邸宅の街並へと画一化さ
れている。

 泥荒は三十年ぶりに旧矢板高校の校庭を歩いてみた。まだ昔の面影が残っていたので安
堵した。校庭には生徒が誰もいなかったが体育館からはバレーボールを練習する女子生徒
の声が聞こえてきた。泥荒は昔、旧矢板高校に教室の黒板塗りの仕事で来たことがある。
それは緑色の黒板用塗料を下地を紙やすりで滑らかにした後、塗る仕事だった。昭和五十
一(一九七六)年の秋だった。生徒の授業がない土曜の午後から日曜にかけての仕事だっ
た。泥荒は旧矢板高校の校庭を横切り門から外の道路に出た。その道路は三十六年前に誘
致されたシャープ早川電器の工場裏に続く道だった。矢板駅の北側にあった大興電器も工
場閉鎖されその巨大な工場敷地の跡には、中心を貫く道路が造成され光景は変貌した。故
郷では巨大企業の工場しか生き残れなかったのだろうか? 時代の変遷に故郷の思想も生
き残ってきたのであろうか? 故郷の思想とは何なのだろうか? 泥荒は抽象的なことを、
かんがえながら、シャープ早川電器工場裏に至る道路を横断し、東町の住宅街を通り抜け、
新国道四号線を横断した。この道は片岡からのバイパスとしてシャープを工場誘致したと
きに造成された道路だった。それが国道四号線となったのである。矢板の商店街を走って
いた幹線道路は旧国道四号線となった。


 泥荒は誰も歩いていない舗装道路を歩き中村へと入った。道路はやがて東北新幹線の下
をくぐっていく。田園から道は森林に入る。右手南側にゴルフ場アロエースの入り口門が
あった。ゴルフ場へと造成された山は多かった。昔、泥荒は二十代前半の頃、ひとりこの
山にキノコとりに入ったことがある。塗装の仕事が休みの日曜日だった。山はしかしゴル
フ場に造成される工事現場となっていた。それは畑の開墾ではなかった。山肌は重機の鋼
鉄の爪によってかきむしられ、赤土が噴出していた。それは山の赤い血だと泥荒は感じた。
木々がなぎ倒されている。無残な光景だった。無残に山の古よりの自然を壊滅して造成さ
れたのがゴルフ場アロエースだった。泥荒にとってゴルフ場の広大な緑の芝生は、ウソの
緑だった。捏造と欺瞞の緑色を泥荒は憎んだ。そこを通り過ぎると成田だった。増録が近
づいてきた。

 矢板駅から増録への道を歩いてきた泥荒に、昔あった宮田という東野バス停留場が見え
てきた。宮田は三叉路の角に昔あった。矢板から来た道は宮田で右折し矢板と喜連川の境
にある河戸に入る。宮田から左折すれば成田村沿いに行く道路だった。昔、増録村に入る
のは宮田から獣道の山を越え村に入った。山を降りたところに泥荒の祖父である寛の隠居
屋敷があった。増録村の人間は寛の隠居屋敷の庭を横切り、ディアラ神社がある山を越え、
宮田に出て、矢板行のバスに乗った。矢板から帰るときは矢板で喜連川行きのバスに乗り、
宮田で降りて山を越え寛の家の庭を横切り、家に帰っていった。

 寛はマサシに豊田の家と田畑だけ家督を譲ると、増録村に隠居屋敷を建て、よく遊びに
行っていた塩原温泉から、或る芸者をを妾として迎え入れ、その女と一緒に増録で暮らし
た。田畑は長男のマサシに譲ったが山だけは譲らなかった。妻のトキは豊田の家に置かれ
たままだった。豊田の家は百年の年季がある農家だった。調布市の都営住宅から、ノブと
テルは寛の隠居屋敷の奥に居候して増録で暮らし始めた。昭和三十一(一九五六)年だっ
た。寛の弟である廣次の後家に入ったミツ子に預けられていた泥荒も、テルが呼び戻し、
ミツ子に連れられ増録にやってきた。泥荒は初めて増録にミツ子に連れられ来た時のこと
を今でも鮮明に覚えている。

 廣次の家がある豊田から山に入り急な山道を登ると、高い樹木に覆われたなだらかな道
が西へと続いていた。山道から開けたちいさな盆地に出ると、田畑が北から南へと細長く
息をしていた。その西はまた山だった。ちいさな盆地は山に囲まれていた。豊田から開墾
で増録に居をかまえた作蔵さんの家の脇にある農道を西に進むと、山の麓に寛の隠居屋敷
がった。隠居屋敷は瓦屋根が寺のようにひさしが反り返っていた。豊田の地主であった寛
の見栄が主張されていた。隠居屋敷は東から西に作られ、庭を横切ると山に向かっていく。
増録の人間は寛の庭を横切って山を登り、矢板~喜連川の街道に出るのだった。山を降り
た三叉路の角に東野バス宮田停留場があった。そこからはもう成田村の豊かで広い田園地
帯だった。泥荒はミツ子に連れられ寛の隠居屋敷の庭を横切り奥に来た時、テルが喜んで
迎えた。あがれあがれと泥荒は家に上がらせられた。泥荒はすぐさま貧乏という崩壊の匂
いを部屋の暗さから嗅ぎ取った。廣次の家にある秩序がここにはなかった。泥荒の兄であ
る長男のトモユキと次男のヨシヒコがいた。ヨシヒコはノブの実家である豊田のマサシの
家に預けられテルに呼び戻され増録にきたばかりだった。トモユキはテルとともに調布か
ら増録にやってきた。テルがヨシヒコにおもちゃを与えてやれと命じた。ヨシヒコはおも
ちゃを探してきて弟がきたと嬉しそうに泥荒の手におもちゃを差し出す。泥荒をそれを握
ったが、ミツ子の行方が心配だった。いつのまにかミツ子は姿を消していた。泥荒は靴と
云った。泥荒のそばにいたヨシヒコが、おめぇの靴ならちゃんとあるから心配すんなと云
った。泥荒はなんとしても外に出てミツ子の後を追い、自分がいままで生活していた廣次
の家に帰りたかった。ここに置き去りにされることが意味不明だった。四歳の泥荒は新し
い家族の様子と周りを見ながら、ここから脱出する方法のみを考えていた。外でションベ
ン、と泥荒ヨシヒコに云った。泥荒は初めて生き抜くために人をごまかすことに成功した。
ヨシヒコは泥荒を縁側に連れていき、ほらあすこにあると泥荒の靴を指し示した。泥荒は
縁側を降り自分の靴を履いて外に飛び出した。そして泣きながらミツ子の後を追っていっ
た。泥荒の大きな泣き声は増録の盆地に響いた。それを聞いたミツ子は農道のところに立
っていた。ミツ子はしかたがなく泥荒を連れて廣次の家に戻った。廣次の家に戻った泥荒
はそこはもう自分が帰るべき場所ではないことを雰囲気で理解した。数日後、テルが迎え
に来た時、泥荒はおとなしく廣次の家から去った。増録という新しい環境に適応すること
が唯一の生存方法であると、泥荒に動物的本能の呼び声が内部から聞こえていた。

 増録で生活するようになって泥荒の遊び場は平地の田園から、冒険に満ちた山となった。
そして泥荒が五歳になったとき、妹のジュンコが産まれた。テルは矢板の町に日雇いの土
方の仕事に行っていたので、ジュンコのお守りは長男のトモユキがした。トモユキはジュ
ンコを背におぶり、次男のヨシヒコ、三男の泥荒はよく作蔵さんの家に遊びにいった。作
蔵さんの家にはミノちゃんとマサちゃんがいた。ミノちゃんはガキ大将として統率し、増
録の盆地を覆う山に毎日冒険をしに行った。ディアラ神社は増録の子供たちが遊ぶ中心地
となっていた。泥荒が小学三年になった二月、家族は寛の隠居屋敷の奥から矢板の町に引
っ越すことになった。貧しい家財を積んだリヤカーを引き家族は砂利道の街道を矢板へと
歩いていった。
 


【第1回日本経済新聞小説大賞 第1次予選落選】
by gumintou | 2006-11-20 04:08 | 小説 新昆類


混沌から


by gumintou

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